アニメと音楽のメモ帳

アニメと音楽についてまとまりない文章を。

たまゆら ~もあぐれしっぶ~ 6話

「たまゆら ~もあぐれしっぶ~」の第6話から。
楓が父和馬の足跡を辿る回。

和馬の後輩はるみがりほに伴われて楓のもとを訪れる。企画立案の一環として、かつて和馬と巡った尾道を回るという。これに誘われた楓は共に行くことを決意。行く先々に父の痕跡を見つけるのだった。

楓の特徴的な語尾「~(な)ので」が父親である和馬と同じということも判明した今回。いつもながらこのアニメは物量で何かを描こうというスタンスで作られていない。今回で言えば、楓たちは何一つ大きなことをしていない。したことは、和馬とはるみが昔行ったように、尾道の街をひたすら探索したことだけだ。しかし、そこで楓は自分の知らない父親の一端をたくさん感じることになる。それは、ある場面では尾道の風景から、ある場面では父親を知っている人たちの話から。このように、基本的には写真や人が何かを紡ぎ、作り出してゆくことで話が進んでゆく。それは急変的でないから分かりやすい刺激を求めて視聴してしまうとこの作品の味わいがぼやけてしまう。見えない形でそこに横たわっている普遍性を楓たちがなぞっているだけと言っても良い。もちろん、ただこの雰囲気にたゆたうのも楽しみ方の一つだろう。醸し出される空気やなぞられているものを丁寧に感じ取りたいものだ。

また、作品の主題にもなっている写真。この構図、というか場面・風景の切り取り方が絶妙なのも見ものだ。ただの「アニメの絵」ではなくきちんと写真として成立するように考えられている。更にプロであるりほが撮ればいかにもプロっぽく、写真好きな楓が撮ればプロではないがいかにも楓っぽい写真に仕上がっているところも、何気なく見る者の心を方向付ける要素になっているのが心憎い。次回はどんな空気が味わえるか、まだまだ楽しみ、なので。